埋蔵文化財保護に資する当社の取り組み
昭和40年頃からの高度経済成長に端を発する全国的な大規模開発に伴い、各地で事前調査が激増しました。そして、昭和50年以降、次第に行政内調査体制の整備が推進されていきました。そのわずか数年後の昭和55年に株式会社玉川文化財研究所は設立され、最古参の民間調査組織として今日までの40年間、埋蔵文化財の保護に寄与してまいりました。
調査件数や依頼業務の種類、調査技術、現場安全管理体制などが様変わりし、変化の荒波に翻弄されつつも適応し、現在に至っております。
こうした変化する情勢の中で、当社が一貫して行ってきた埋蔵文化財保護への取り組みは、記録保存、遺跡見学会・発表会・講演会への参加協力、そして研究への展開の3本の柱からなっております。
記録保存は調査組織にとって要となる業務であり、発掘調査と整理作業、報告書の刊行の3部門に分けられます。発掘調査は、現場ごとに考古学的知識と豊富な経験をもつ調査主任を中心とした作業チームによって進められ、チームを統括する調査主任においては調査実務にとどまらず、現場の安全管理、行政サイドの窓口として調整・連絡を日々行うことが日常業務として求められています。
煩雑になりがちな調査主任をサポートする目的と円滑な現場運営を行うために、安全管理や行政との調整役を職務とするスタッフが、神奈川県内に常時5~6か所ある発掘現場を巡回しております。
加えて、各時代に精通した考古学的専門知識をもつ最経験者が遺構・遺物についてアドバイスし、どの時代の遺跡にも対応できる社内体制が整えられており、調査員は調査技術者として育成されていく仕組みが整っております。
調査が進むにつれ蓄積される出土遺物は、定期的に洗い、注記班の元に運び込まれ、調査終了と同時に調査員が分類を開始できるよう段取られます。
接合・復元・拓本・実測の基礎整理は分業化され、どの部門も10年、20年以上の経験を積んだスタッフが作業を進めていきます。
調査員はできあがった成果物をチェックし、遺構・遺物の原稿を執筆、報告書としてまとめ上げていきます。
そして考古学知識をもつ編集担当者が編集ソフトを駆使して図版と原稿を組み上げ、報告書の体裁に整え、刊行に至ります。
現在、業務の主な依頼元は神奈川県・県内市町村・民間企業の三者があります。
このうち、県事業の業務は法92条調査として神奈川県教育委員会文化遺産課による厳しい監理のもとで進められており、発掘時には週に一度、整理作業では月に一度の周期で、作業進捗や成果物の確認が行われています。また、入稿前には複数回に及ぶ査読が行われ、記述内容の確認がなされます。このようなあり方は、文化庁平成8年通知による、民間活用の行政サイド監理指導体制に基づくものであり、神奈川方式ともいえる体制が実現化されております。
こうして作り上げた報告書は年間に県事業3~5冊(総頁数400~850頁)、市町村委託や民間開発に伴う事前発掘等7~11冊(総頁数1,000~2,000頁)を数え、全国の調査機関、大学、博物館との間で図書交換を行っております。
遺跡見学会では、地域に特徴的な遺跡を調査した場合に開催協力を行ってまいりました。また、神奈川県では県や市町村などの主催で年間30回を超える考古学発表会・講演会等が行われており、発表資料の作成と参加協力は調査員の年間スケジュールの一つとなっております。
そして平成27年以降新たに取り組んでいるのが、研究紀要Ⅰ~Ⅳの刊行です。自らが調査した考古学的成果を報告書の中に埋もれさせず、考古学研究に止揚することを目的としており、業務ともつながる「研究」という位置づけで研究奨励金が付され、勤務時間外に取り組みを継続しております。
民間発掘調査会社では「考古学と埋蔵文化財」の関係はどうあるべきか
考古学という学問は、埋蔵文化財の発掘調査と記録保存によってもたらされる新しい知見をもとに進展を遂げてきました。その学問的成果を学ぶことで、新たな問題意識をもった遺跡調査の実施や報告書の作成が可能となり、結果としてより充実した調査成果が得られるのです。
考古学と埋蔵文化財はまさに相互に影響しあう関係にあります。
一方で、記録保存の調査は、学問的命題に端を発する学術調査とは異なり、開発行為を契機として行政的に実施されます。そのために多くの場合、限られた時間と予算の中で遺跡を掘り切らなければなりません。
そうした中で調査担当者に求められるのは、時代も立地も現場の現状も千差万別の遺跡と向き合い、遺跡の特徴と重要ポイントを早期に見極めていくという、調査経験と考古学的知見に裏打ちされた判断力が求められます。その判断力をアップデートしていくためには、発掘調査報告書を基礎資料として成り立つ考古学の学問的成果や、研究動向の大きな流れを吸収することに努めなければなりません。もちろん、迅速かつ精度の高い記録保存をするため、発掘調査技術や報告書作成能力の向上を目指すことも必要であり、遺跡の保存も念頭に入れた、設計変更の模索など行政サイドとの協調も欠かせません。
史跡整備等の活用が推進され、発掘調査の実施に民間活力も組み込む体制が機能するなかで、発掘調査を担当する調査員にはそうした調査能力を研鑽し続けることが求められます。
民間調査組織は2005年に行政と対等な立場で話のできる団体を目指し、全国約80社の集合体として日本文化財保護協会を設立いたしました。2007年からは資格制度や調査士・士補(現在延べ約750名)を対象とした技術研修を実施し、埋蔵文化財保護に資する取り組みを行っております。この資格制度は、責任ある調査技術者の資格を顕在化し、遺跡の記録保存を全うできる人材の育成を目的としており、上記した方向性にのっとったものであります。
官民学一体の考古学発展を願って
民間調査組織は埋蔵文化財保護行政の一翼を担い、役割を果たしてきた歴史があります。一方で、民間調査組織のあり方は公共性の高い埋蔵文化財を扱うにそぐわないといわれた時代もあり、今もそうした考えが一部にあることは否定できません。
埋蔵文化財の調査指導や、遺跡の保護・活用に関する先導的な役割は行政側にあります。しかし遺跡の発掘調査は、考古学的手法にもとづく技術を習得した人物が実施するものであり、その観点において「行政」「民間」に垣根は存在せず、遺跡調査や考古学について語るときは同じ目線といえます。
社内では日々発掘調査と整理業務に立ち向かう調査員たちの姿があります。
積み重ねた経験にもとづく発掘調査技術と報告書作成のノウハウを、官民学が一体となり次世代に引き継ぐことが、今後の埋蔵文化財の保護と活用、そして考古学の発展につながると確信しております。